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最高裁判所第一小法廷 昭和34年(し)50号 決定 1959年10月14日

通知書

申立人 根本文雄

右弁護人 上条貞夫

同 松本善明

同 坂本修

同 今井敬弥

右申立人根本文雄に対する傷害被告事件に関する裁判官忌避申立事件について、貴庁のした準抗告棄却決定に対し申立人からした特別抗告事件について別紙添付のとおり決定があつたから通知する。

申立人 根本文雄

右弁護人 上条貞夫

同 松本善明

同 坂本修

同 今井敬弥

右申立人根本文雄に対する傷害被告事件に関する裁判官忌避申立事件について、昭和三四年八月二七日東京地方裁判所のした準抗告棄却決定に対し、右申立人から特別抗告の申立があつたので、当裁判は次のとおり決定する。

主文

本件特別抗告を棄却する。

理由

本件特別抗告の理由は、末尾添付書面記載のとおりである。

所論は、原決定が憲法三七条一項に違反すると主張するけれども、その実質は、

(一)  申立人根本文雄に対する傷害被告事件に関し内田武文裁判官に対し申立人から三回忌避申立がなされ、本件忌避申立はその第三回目の申立であるところ、右三回の忌避申立原因たる事実はそれぞれ別個で重複していないにも拘らず、原決定がこれを「同一裁判官に対する同一原因の忌避申立」であると認定した上、本件忌避申立は不適法である旨判示したのは誤りであるとの主張であり(所論が、本件忌避申立の原因として主張する特別抗告申立書第二、一、(三)記載の事実は、所論第二回目の忌避申立却下決定またはその手続自体の不当違法を攻撃するものに外ならず、従つて、いまだ、所論主張のように、新らたな別個独立の忌避原因として主張し得る事実とは認められない。)、原決定は、忌避申立却下決定に対し準抗告の申立がなされた場合には、右準抗告申立後に新らたに発生した別個独立の忌避原因につき、独立して忌避申立をすることが許されない趣旨を判示しているが、これは刑訴二二条但書の解釈を誤つた違法があるとの主張であり(原決定は、所論主張のような趣旨は少しも判示していない。却つて、原決定は「その後続いてなされた第二回及び今回の忌避申立は、いずれも新らたな事情に基く新らたな忌避申立ということを得ない」と判示している。)、(三) 原審は準抗告審として、本件忌避申立が明らかに訴訟遅延のみを目的としているといえるか否の争点についてのみ判断すべきであるのに、申立自体の適否についてまで判断したのは、本来判断すべき事項について判断せず却つて判断すべからざる事項について判断したものであつて、刑訴四二六条の解釈を誤つた違法があるとの主張であつて(所論は独自の見解であり、準抗告審としては、所論の点についても審理判断すべきであることは勿論である。)、以上いずれも適法な特別抗告の理由とならない。

よつて、刑訴四三四条、四二六条一項に従い、裁判官全員の一致した意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七)

昭和三四年(し)第五〇号

申立人(被告人) 根本文雄

被告人本人の特別抗告申立

申立人根本文雄に対する傷害被告事件について、昭和三十四年八月二十八日東京地方裁判所刑事第三部のなした準抗告棄却決定は、左記の理由により憲法第三十七条第一項に違反するので、その取消を求める。

第一、原裁判の理由

原審は、準抗告申立の前提となつた忌避申立(以下、本件忌避申立と略称)が不適法である、とする。

すなわち、本件忌避申立は、既に同一の裁判官に対して忌避申立がなされ、之を簡易却下(刑事訴訟法二四条)した裁判が確定せず抗争する余地のある状態において、その裁判官に対し重ねて忌避を申立てたものであるから、結局、同一人に対する同一の忌避申立であつて不適法である、という。

第二、原裁判の誤り

一、忌避の原因の重複はない

本件忌避申立は、内田武文裁判官に対して同一の公判手続においてなされた三度目の忌避である。

(一) 第一回の忌避申立の理由

昭和三十四年七月三十日の第二回公判期日において、内田裁判官は、(イ) 主任弁護人以外の弁護人の発言を全面的に禁止し、その発言禁止にあたつて発言の許可を求めている松本弁護人に対し発言を許さず「あんたの顔を見れば何を言うのかわかります。ですから不許可にしたのです」などと明白に偏見敵意乃至は予断を抱いた訴訟指揮を行い、(ロ) 被告人根本文雄の証人牧野音市に対する何等重複しない反対尋問を、重複質問であるとして不法に禁止し、その尋問が重複質問でないことを詳細に述べて右の禁止に抗議した被告人に対し「規則も何も知らんくせに何を言つてやがんだい」と侮辱を加え、被告人に対する敵意と偏見を示し、(ハ) 更に、弁護人側から、忌避の申立をするかどうか、訴訟進行についての根本問題を検討するために求めた僅か十五分間の休廷要求を何ら理由なく拒否した上、忌避をするかどうか検討するならその日の最終の証人尋問が終つてからにしたらいい、として証人尋問を続けようとした。以上の事実に見られるような、内田裁判官の、被告人ないし各弁護人に対する明らかな敵意と、予断偏見とに充ちた訴訟指揮に対し、かかる裁判官によつては到底公平な審理を期待できないものと考えて、同日、公判廷において主任弁護人より口頭をもつて、右裁判官を忌避する申立がなされたものである。

(二) 第二回の忌避申立の理由

前記の忌避申立がなされた際、主任弁護人が前記の忌避理由を述べようとすると、内田裁判官は結論だけを言うように、とその発言を阻止、不公平な裁判をするおそれがあるとの発言を許したのであつて、しかも訴訟手続を停止することもなく刑事訴訟規則第九条によつて三日以内に忌避の原因を文書で明らかにする機会を与えることもなく、即座に「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである」といつてこれを却下した。かように忌避の理由を具体的に口頭ないし文書で明らかにする機会を全然与えず、したがって忌避理由を殆んど聞くことなく全く一方的な却下をせることは刑事訴訟法第二十四条に違反し、被告人の公平な裁判をうける憲法上の権利を奪うものに他ならず、この点だけを見ても、公平な裁判を同裁判官に期待することの出来ないのは明らかであり、ここに二度目の忌避申立がなされたものである。

(三) 第三回の忌避申立

第二回の忌避申立がなされた直後、内田裁判官は書記官室において弁護人等に対し、三日以内に刑事訴訟規則第九条による忌避理由書ないし疏明書類を提出することを、求めた。ところが、内田裁判官は、同日附をもつて右忌避申立を「訴訟遅延のみを目的とすることが明らかである」として却下し、公判期日をわずか七日後に指定した。これらの決定書は、弁護人等が内田裁判官の求めに応じて忌避理由書を作成している最中、その提出期限に二日を残していた日の夜、突如として夜間送達がなされたものである。

これに驚いて弁護人等が内田裁判官に対し、第二回の忌避申立を却下した理由を糾すと、同裁判官は、忌避理由書を提出しないから訴訟遅延のみを目的とすることが明らかだと認定した、と答える始末であつた。このように、理由書の提出を求めながら提出期間経過前に忌避申立を簡易却下することは、弁護人等に対する著しい背信行為であり侮辱である。この点だけを見ても、そしてここに至つて尚更、内田裁判官の弁護人等に対する敵意と偏見とが露骨に現われているのである。

かくして、内田裁判官に対する三回目の忌避申立がなされた。

以上のように、(一)ないし、(三)の、どの一つをとつてみても、内田裁判官が申立人根本文雄に対する傷害被告事件について不公平な裁判をする虞(同裁判官の公平を信頼できない合理的な理由)があることを顕示するに充分であり、また、それぞれの事情は、別箇の観点から内田裁判官の審理の公平を疑わせる根拠を提供するものであるから、第一回ないし第三回の忌避申立の原因は別箇であつて、決して重複してはいない。これを原審が「同一の裁判官に対する同一の忌避」と認定したのは誤りである。

二、準抗告では救済されない

(一) 原審は、本件のような場合は、最初の忌避却下を準抗告で争うべきであり、その余地のある以上、第二、第三の忌避申立は許されない、という。しかしながらこのような考えに立つならば、若し、最初の忌避申立却下を準抗告で争つている間(この間訴訟手続は引続き進行する)

如何に甚しい忌避原因が新たに生じても、これに対する忌避申立が許されないことになる。

もとより忌避の事由に限定はない。そして法は忌避の原因が審理開始後に生じた場合についても、当事者に忌避申立権を与えている(刑事訴訟法第二十二条但書)のである。それは憲法第三十七条第一項に根拠するものであつて、この権利を行使する機会は、あくまでも尊重しなければならないのである。この点について原審は、刑事訴訟法第二十二条の解釈を誤り、忌避申立権を違法に制限することにより憲法第三十七条第一項に違反している。

(二) 原審は、準抗告申立後に新たな忌避原因を生じた場合、それを準抗告審における忌避理由の判断に資料として供すれば足りる、というのであろうか。

若しそうであれば、その考えは、準抗告審における判断の対象を誤解した違法がある。

刑事訴訟法第二十四条の簡易却下の手続は、いうまでもなく忌避申立権に対する重大な制限である。本来、忌避申立がなされたときは、訴訟手続を停止して、忌避理由の有無を当該裁判官の関与しない裁判所が慎重に判断し、その上で忌避理由なしとされても、更に当事者は即時抗告によつて忌避理由に関する再度の考案を求める機会が保障されている(この間も訴訟手続は停止したままである)。

かように厚く保護されている忌避申立権を制限する簡易却下の手続は、決して軽々しく行われてはならない。

この簡易却下を裁判官が濫用するときは、事実上忌避権は奪われるといつて過言ではない。従つて簡易却下の許される場合は、極めて厳格に解釈しなければ憲法第三十七条一項に違反するといわねばならない。

刑訴法第二十四条は刑訴法第二十二条違反及び刑訴規則(第九条)違反の場合は明文をもつて簡易却下をすることができる旨を定めている。

従つて刑訴法第二十四条の本文の「訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らか」とは、右に準ずるように明白なときのことである。

即ち、何の判断によつても忌避理由が裁判の公平と全く関係なく、訴訟関係人が訴訟遅延の目的以外に有しないことが客観的に明らかな場合(これを、忌避申立権の濫用、と説明することもできる)である。

忌避理由の有無を判断せざるを得ないような場合にはその有無にかかわらず、すでに「訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らか」でないのである。

而して一旦簡易却下がなされると、それを準抗告で争つても、訴訟手続は停止しない忌避を申立てられた当該裁判官は、相変らず審理に関与するという状態が続くのであるから、忌避申立権の保障のためには、準抗告審の判断は、出来るだけ早くなされることが要請される。

そして、簡易却下は、「訴訟の遅延のみを目的とすることが明らか」である、という理由によつてのみ、なされるのであつて、之に対する準抗告においても、審理の対象は専ら当該忌避申立が「訴訟遅延のみを目的とすることが明らか」といえるかどうか、その点に少しでも疑義の生じた場合、すなわち準抗告の前提となつた忌避申立が少なくとも忌避申立権の濫用とはいえないのではないか、という判断に至つた場合には、ただちにその簡易却下の裁判を取消して、簡易却下なかりし状態、すなわち通常の忌避申立手続を復元しなければならない。それは、準抗告審において、簡易却下決定を取消し、その旨を原決定をなした裁判官に通知(刑事訴訟規則第二七三条、二七二条)することにより当該裁判官は訴訟手続を停止(同規則第十一条)し、その状態において当該裁判官の関与しない裁判所が忌避理由の有無を判断するのである。

元来、忌避申立が忌避申立権の濫用であるとした原裁判官の認定が準抗告審において崩されながら、その裁判官のなした簡易却下決定の効力を温存したままで(その裁判官を引続いて審理に関与させながら)忌避理由の有無の審理を許すことは、断じて法の趣旨ではない。また之を許すならば、簡易却下の濫用に道を開く危険が極めて大きくなる。

したがつて、簡易却下に対する準抗告審においては、簡易却下の要件に少しでも疑念を生じた場合は、直ちに原決定を取消し、その旨を原裁判官に通知すべきであり、またそれを以て足りる。

したがつて第一回の忌避申立が却下された場合、それを準抗告で争つても新たな忌避原因について原審のような立場をとる限り右に述べたように、公平な裁判をうける権利の保障は極めて不充分なものに過ぎない。原審が簡易却下に対しては準抗告をもつてのみ争うべし、というが如き判断をしていることは、これ又、刑事訴訟法第二十二条但書の解釈を誤り、ひいては憲法第三十七条一項に違反するものである。

三、原審における判断の逸脱

原審は、準抗告の前提となつた忌避申立について、訴訟遅延のみを図ることが明らかであるか否かという判断を避け、却つて、本件忌避申立は同一に対する同一の忌避申立であるから不適法だ、という判断をなして準抗告を棄却した。

しかしながら、本件忌避申立は、訴訟遅延のみを図ることが明らかであるものとして簡易却下されたものであり、之に対する準抗告においては、はたして忌避申立が明らかに訴訟遅延のみを目的としていると言えるかどうか、その点だけが争点となつていたのである。したがつて、原審における判断の対象は、あくまでも、この争いの範囲に限られるべきであつた。すなわち同一人に対して三回目の忌避が許されるかどうか、という問題は、全く原審の判断すべからざる事項(忌避裁判所の判断すべき事項)だつたのである。

簡易却下の要件以外の忌避申立の適法要件が忌避裁判所の判断すべき事項であることは、刑訴法第二十四条、第二十二条の明文から当然である。そして忌避裁判所の却下決定に対しては即時抗告が許されている。

ところが、原審は、前述のように忌避裁判所の判断すべき忌避申立の適否まで判断して準抗告を棄却した。したがつて、これに対しては特別抗告以外に争う方法がない。若し、このような裁判が許されるならば、忌避申立に対する忌避裁判所の審理、即時抗告という手続の保障は空文に帰するのである。この点に、原審は刑訴法第四百二十六条の解釈を誤り、ひいては忌避申立権を著しく阻害し憲法第三十七条一項に違反するものである。

四、忌避申立権と憲法第三十七条一項

忌避申立の要件は、裁判官に除斥原因のあるとき、および裁判官が不公平な裁判をする虞があるとき、と定められている(刑訴法第二十一条一項)

不公平な裁判をする「虞」という以上、それは純然たる客観的な理由のみに限らない。当事者が、或る裁判官の公平に不信を抱いた場合、その不信の念が合理的な理由にもとずくものであれば、これをも忌避の原因となしうるのである。このように、広く忌避申立の権利を認めていることは、いうまでもなく、憲法第三十七条一項に、刑事被告人が公平、迅速な公開の裁判をうける権利を明文で保障していることに基くものである。忌避申立は、この憲法上の保障を実効あらしめるための重要な権利である。

ところが、原審は、簡易却下に対する準抗告裁判所として判断すべき事項を判断せず、却つて判断すべからざる事項を判断して準抗告を棄却することにより、忌避申立の適否に関して忌避裁判所の判断をうけ、更に即時抗告ができるという、忌避申立権の行使にあたつての手続的保障を否定し、忌避申立によつて保たれるべき公平な裁判所の保障を、なし崩しにしたものであつて、憲法第三十七条第一項の違反がある。

また、原審は、簡易却下に対しては、準抗告のみをもつて争うべしと言うが如きであるが、それでは、準抗告申立後に忌避原因を生じても一切忌避申立を許さない、ということになるから、そのような判断は忌避申立権に対する理由のない制限であり、忌避の機会をせばめ、憲法第三十七条一項の公平な裁判所の保障に背反するものである。また、準抗告申立後に生じた忌避事由は、準抗告審において忌避理由の有無を判断する資料に供する、というのであれば、これ亦、忌避裁判所による忌避理由の審理、即時抗告という忌避申立権行使にあたつての手続的保障を否定することになり、忌避によつて守られるべき憲法第三十七条の公平な裁判所の保障を無にするものである。

以上の理由により、刑訴法第四百三十三条に基き原審のなした準抗告棄却決定の取消を求める。

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